分子生物学者の福岡伸一は、
重要な働きをする遺伝子持たないノックアウト・マウス(遺伝子を改変したマウス)を大変な苦労の末に造りました。
そして、このマウスが病気になることを予想していたのですが、なんと健康に育ったのです。
人間が造ったロボットなら、1つネジが欠損しても壊れます。
しかし生物は、何か1つがなくても、自然に補完しようとします。
建築家の安藤忠雄東大名誉教授は癌で5つの臓器を切除しましたが、支障なく日常生活を送っておられます。
そんな状態でも人には適応性、補完性があります。
いのちはすごいのです。
また、1940年代に米国の科学者ドルフ・シェーンハイマは、
放射性同位元素で印をつけたアミノ酸をマウスに3日間食べさせました。
そのアミノ酸の半分以上は瞬く間に全身に広がり、
脳、筋肉、消化管、肝臓、脾臓、血液など、あらゆる臓器や組織を構成するたんぱく質の一部になっていました。
マウスの体を構成していたたんぱく質は、わずかの期間に食べ物由来のアミノ酸に置き換えられ、
今まで身体を構成していたたんぱく質は棄てられたのです。
アミノ酸が体内でエネルギーになり、呼気や尿から排泄されるという、内燃機関のように見做した当初の予想は見事に覆されました。
我々の体は日々刻々と変化しており、1年ですべての細胞が入れ替わります。
昨日の自分は今日の自分ではないのです。
しかし、中身が入れ替わっても、ある平衡状態は維持されます。
福岡伸一はこれを「動的平衡」と呼ぶように提案しています。
いのちは、この大きな流れの中で育まれ、動的平衡のため、まず自分を壊して、新たに創る備えをしています。
壊すことで隙間が生じないと、新しい細胞のためのスペースができません。
私はこの「動的平衡」という概念は、
人間機械論的、分析的な考え方に基づいて発展してきた生物学や医学の根本を変えるほど重要であると考えます。
生命体を「動的ないのちの流れ」と捉えると、世界が生き生きとしてきて、違って見えます。